ひだまり泥んこ日記*2巻

ヒロシマ安藝地方 矢野という地で里山を駆けまわり泥んこにまみれる保育園の園長戯れ言ブログ 1巻はYahoo!で継続中

病を嫌がらない力

私は全く野球に興味がない。

が、息子と宿六は野球に夢中。

日本では野球はこよなく愛されていて、野球に興味が無いというのは何とはなしに肩身が狭いことがある。

ましてやそれが自宅の中であると…。

よってただひたすらに「早くストーブリーグになれ!」と祈るのみだ。

 

さて、そんな私でもあれだけ毎日野球用語を傍で語られれば

いくつかなりとは覚えてきた。

えっと…先発でしょ、中継ぎでしょ、ストッパー。

どう?ピッチャーの役割のことでしょ、これ。

えっへん。でも「チェンジアップ」の意味を多分50回は聞いたけど全く覚えられんのは、想像の出来ないことだからだな。

そんで、今日は「ストッパー」のお話し。

 

ストッパーといっても、野球の中の役割ではなく

体に働くストッパー。私はこの頃リミッターとも言っている。

こどもも、私たち大人も、体の中にこのストッパーがある。

「もう、無理でっせ。やめときなはれ」と言ってくれるものだ。

あ、なんだか関西の言葉で書いてしもうたね。

やはり私のストッパーは「はぁ 無理じゃろうが、止めとけや」と広島弁で言うでありませう。

私は長らくこのストッパーは「扁桃腺炎」という形で発症していました。

疲れてくると喉が腫れぼったくなってくる。

唾を呑むのが大儀くなってきて、声がなんか変になるとそろそろ危ない。

パッカ~~~~ンと見事に40℃発熱という具合。

 

しかし、ここ数年、あんまり扁桃腺が腫れなくなってしまった。

ということは、ストッパーがないので、どんどん走り続けてしまうのだ。

だから頭皮がむくみ(肩こりがひどくなってしまい、頭に上がった血が下がらなくなってしまった)、体が冷え切り、腸が動かなくなって腸捻転一歩手前までいく=お腹の中がこむら返り起こしてしまう、指が腫れ関節を曲げられなくなる、寝ていると足に血が行かず朝一番は歩くのが痛い、朝食を作り始めると手が思い切り痒くなる(痺れが切れるため)、花粉症は激化し2月から6月までアレグラを1日も欠かすことができない…等々。

最悪の体調だ。

そして、ついに、私は自分にぴったりの施術に出会った。

イトオテルミーという温灸療法

一般財団法人 イトオテルミー親友会 | 公式WEBサイト

と、独自の指圧をされる先生で、本当に本当にゴッドハンド。

非常にデリケートな私の体は、ちょっとやそっとの人に押されると

あっという間にそのために骨がずれてしまい、吐き気を催してしまう。

出張研修先で疲れてホテルで斡旋するマッサージを頼んで

そのまま体調を崩し、翌日の研修はほとんど上の空だったこともある。

だから、その先生に初めて見て貰ったとき

なんと背中に乗られても 何ともない自分に驚いた。

それほど先生の施術は 私の体を安心させるものだった。

それからというもの、毎週1~2回通い続けている。

働くために通っているのか、

通うために働くのか最早分からないほどだが、

薄皮を剥ぐように、少しずつ私の体調は回復してきた。

冷えがとれ、

肩が上がるようになり、

指の腫れが全くなくなり、

お腹がつらないようになり、

何より「眠れるようになった」。

これだ。

私は40年近く「寝て回復する」という意味が分からなかった。

何でみんな 寝て元気になるなんて言うのだろう?

寝たからといって、何も変わらない…

いや、時には寝た方が体しんどくなるじゃん と思っていた。

でもね、本当に寝ると元気が戻るんじゃねぇ~

通い始めた頃は一晩に4回くらい起きてたかなぁ。

今ではぐっすり全く目が覚めない。

何かでちょろっと目が覚めても、瞼さえ閉じればすぐ夢の中。

寝ると、体力は戻るんだねぇ。

 

というように、元気になってくると働き始めたのが

冒頭に書いた「ストッパー」だ。

夏以来、ちょっと考えられないような日々が続いていた。

週末にも必ず用事が入り、全くゆっくり出来ない。

いや、2月に1度くらいはあったけど、それでも体を休めるほどにはならなかった。

運動会が終わった頃から「危ないなぁ」という感じはあった。

「体がしんどいって言いよるなぁ」

「これ、限界超えてきたなぁ」と思うのだ。

だって、全く頭が働かない。仕事の効率は最悪。

普段できる書き物がほとんど進まない。

 

で、見事に風邪をひいた。

咳と頭痛、僅かな発熱。

でもおかげで眠りに眠り、体は元の状態に戻ろうとしている。

病を得ないと分からない…いや、

病を得ないと見て見ぬふりをすることが多すぎるのだろう。

 

病は歓迎すべきモノではないが、

病を疎んじてはならないのだ…と大変甘ちゃんであるかも知れぬが

私はそう思う。

病院と縁が切れない人生だったが、

50代に突入し、病院に行かなくてすむ人生を目指すのだ。

誕生日に風邪をひいたのは それなりに意味あることだろう。

天の示唆はいつだって ささやかな声だ。

その声を聞き逃さぬ力をもっていたい。